秘談抄

秘談抄(ひだんしょう)  

宇都宮三河入道著
全五巻

  • 「宇都宮三河入道目利書」
  • 室町幕府第三代将軍足利義満の刀剣係であった著者によって応永年間に書かれた。
  • 後世の鑑定書に影響を与えた。


上古秘談抄  

  • 竹屋本の系統
  • 上中下の三巻。
  • 最後に「元亀元年庚午三月十日」と伝授の旨の奥書がある。しかし永禄13年4月23日に元亀に改元している。
  • 北条泰時、北条時頼、北条貞時による「評定」、および注進物可然物に関する記述は本書が初見となる。


宇都宮三河入道  

系譜  

  • 美濃の南宮神社の社家宇都宮氏の一族で、父は二郎藤重という。藤重は「太平記」にも名の出ている美濃将監泰藤の子である。

    山崎へは脇屋右衛門佐を大将として、洞院の按察大納言・文観僧正・大友千代松丸・宇都宮美濃将監泰藤・海老名五郎左衛門尉・長九郎左衛門以下七千余騎の勢を向らる。

  • 母は宇都宮秀言の娘で、応永28年(1421年)5月14日に76歳で没している。

生涯  

  • 宇都宮三河入道は、名は根重、通称三河二郎、号は鉄道。
  • 南宮神社の「宇都宮氏系図」に「以鉄造諸器、刀剣尤極其精妙」とあり、また「新刊秘伝抄」の序に「剣刀ヲ観察シ利鈍ヲ鑑知スルコト、恰(あたか)モ掌ヲ指スガ如シ…五冊ノ”秘伝抄”ヲ製作シ、以テ世ニ問ウ」とある。
  • 没年は不明だが、生母の没年から推して応永(1394)の後半まで生存していたとされる。

鑑定術  

  • 三河入道の鑑定術は、斉藤弾正忠からとも、名越遠江入道祟喜から伝えられたともいう。
  • 著書として、「銘盡」、一巻が遺されている。将軍義満から太刀を遺すのに然る可き物を選んでみよと命じられ、その場で刀工六十工の名を書いて差し出したという。それを”可然物”()と呼ぶ。

    人に御太刀を下さるをば、諸侍重代にもすべきか、然るに物のきれざらんを可被下事、不可然之間、”可然物”を記し申すべし