秋田行平

秋田行平  

太刀
名物 秋田行平
二尺七寸

  • 享保名物帳所載(ヤケ)

    秋田行平 長二尺七寸 代金百枚 御物
    此刀には名物帳何とも記載せず、「寛明事跡録」に甲府左馬頭様御道具と云部にこの秋田行平ありて焼けると記してあり(詳註刀剣名物帳

  • 「秋田紀新大夫行平

由来  

  • 秋田城介所持にちなむという。

来歴  

  • もとは秋田実季所持。
  • 「甲府左馬頭」とは、3代将軍徳川家光の三男で、「甲府宰相・松平左馬頭」と呼ばれた徳川綱重のこと。兄は4代将軍家綱、弟は5代将軍綱吉、子の綱豊はのち弟綱吉の養子となり、家宣と改名して6代将軍となった。
  • 1651年(慶安4年)、甲斐国府中藩15万石に封じられて独立大名となるが、1678年(延宝6年)、兄の家綱に先立って35歳の若さで死去した。
  • 本刀「秋田行平」は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼けており、「左馬頭様ノ道具」として、上野紀新大夫行平吉光ノ一振ノ陰、国継と並んで「秋田行平」が載る。