祓の刀

祓の刀(はらえのたち)  

  • 平安時代、大祓(おおはらえ)に東西の文部(ふびとべ)が奉った太刀

    凡六月、十二月の晦日の大祓(おおはらえ)には、中臣は御祓麻(みはらへのぬさ)を上れ、東西の文部(ふびとべ)は、祓刀を上り、祓詞を読め、訖りなば、百官男女を祓所に聚め集へて、中臣は祓詞(はらいごと)を宣り、卜部は解除を為よ

大祓(おおはらえ)  

  • 大祓は日本の神道儀式の祓の1つで、神祇令18条大祓条に記される。
  • 大和と河内の文部が内裏の庭上に参候し、天皇に祓の刀(はらえのたち)と人形を奉る際に「東文忌寸部献横刀時呪(やまとのふみのいみきべのたちをたてまつるときのじゅ)」が漢音で読まれる。天皇はこの祓の刀と人形とを受け、息を吹きかけて自身の災禍を移し憑け、祓をなした。

    謹請、皇天上帝、三極大君、日月星辰、八方諸神、司命司籍、左東王父、右西王母、五方五帝、四時四氣、捧以銀人、請除禍災、捧以金刀、請延帝祚、 呪曰、東至扶桑、西至虞淵、南至炎光、北至弱水、千城百國、精治萬歳、萬歳萬歳

  • こののち百官の男女が祓所に集り、中臣は祓詞を宣し卜部は解え除きを行った。
  • 「祓」は浄化の儀式として宮中や神社で日常的に行われるが、特に天下万民の罪穢を祓うという意味で「大祓」といい、毎年 6 月と 12 月の晦日(新暦では6月30日と12月31日)に行われるものを恒例とする。
  • それ以外でも、天皇即位の最初の新嘗祭である大嘗祭の前後や、未曾有の疫病の流行、斎宮斎院の卜定、災害の襲来などでも臨時に執り行うことがあった。