相馬兼光

大相馬兼光(そうまかねみつ)  


二尺七寸五分

  • 兼光
  • 「大相馬兼光」
  • 享保名物帳所載

    大相馬兼光 象嵌銘長二尺七寸五分 代金六十枚 大久保加賀守殿
    相馬送料けの由七郎左衛門と申者所持、名判高徳象嵌大久保加賀守殿に前有之、細川越中守殿より極めに来る右五十枚表裏樋。

由来  

  • 相馬七郎左衛門所持にちなむ。
  • 元和のころ、小田原城主大久保氏の家臣に相馬長四郎というものがいた。長四郎の先祖七郎左衛門旧蔵だったため、「相馬兼光」、特に長大であったため「大兼光」とも呼ばれた。

来歴  

  • 相馬七郎左衛門所持。本阿弥光徳に命じて二尺七寸五分に磨上させ、「兼光磨上 光徳(花押)」とさらに七郎左衛門の所持銘も入れさせている。
  • 後に藩主の大久保加賀守が所持。
  • 寛文5年(1665年)本阿弥光温に鑑定に出され、千貫の折紙をつけて返している。
  • さらに熊本藩主細川越中守宗堯に伝わり、それまで千貫(金五十枚)だったものが金六十枚へと極められた。
  • 享保名物帳では「大久保加賀守殿」とするが、その場合細川家から大久保家に戻ったことになるが詳細は不明。