琉球兼光

琉球兼光(りゅうきゅうかねみつ)  

太刀
無銘 兼光極め
二尺六寸五分
個人蔵

  • 備前長船兼光の極め
  • 鎺元の身幅九分五厘、中心の長さ九寸二分。大切先で表裏に棒樋と添え樋をかきながす。中心は目釘孔3個で1個は埋めている。

来歴  

  • 薩摩島津家伝来。
  • 豊臣秀頼は、大坂落城の際に密かに脱出し、薩摩に潜行した。
  • その際に携行した竹股兼光を島津家久に贈ったという。
    なお、今日では秀頼の薩摩流亡説は否定されている。
  • 家久はそれを小豆兼光と称していたが、家康の詮索が厳しくなったために磨上て無銘とし、号も「琉球兼光」と改めたという。
  • 昭和3年5月、公爵島津家の蔵品として売立され、琉球兼光は618円で落札された。※このとき敦賀正宗は3,600円。
  • 薩摩加治木の島津家に伝来していたが、のちアメリカ在住の邦人所持になった。