肥前忠吉(刀工)

肥前忠吉(ひぜんただよし)  

新刀期の刀工

Table of Contents

初代:肥前忠吉  

忠吉初代
五字忠
新刀最上作、最上大業物

生涯  

  • 龍造寺家の家臣である橋本道弘の子として、元亀3年(1572年)佐賀郡高木瀬村長瀬に生まれる。
  • 本名は橋本新左衛門。橋本家は元々武士で少弐氏の一族とされる。
  • 肥後伊倉の同田貫善兵衛に師事する。
  • 慶長元年に上京し、山城国の埋忠明欽・明寿父子の門人となる。わずか三年で秘伝を伝授される。
  • 慶長3年に肥前佐賀に戻り、城主鍋島家庇護のもと100名を超える刀工を排出した。
  • 寛永元年(元和10年)2月18日に武蔵大掾受領(寛永元年)。忠広と改名する。
    元和10年2月30日に改元。
  • 息子に近江大掾忠広(二代肥前忠吉)

 

  • 制作の時期により、五字忠銘、秀岸銘、住人銘、改銘後の忠広銘に分かれる。
    1. 五字忠銘】:初期は「五字忠(ごじただ)銘」といって「肥前国忠吉」と五文字の銘がほとんどのようである。 古刀の来物に見えるため愛好される。
    2. 秀岸銘】:秀岸(しゅうがん)というのは長瀬天満宮の宮寺・苗琳坊の僧侶といい、この人の書く字を真似て切った癖のある切銘のことを言う。小振りな五字銘。坊主銘、山伏銘とも。
    3. 住人銘】:秀岸銘をやめてのち、「肥前国住人忠吉作」などと切る住人銘になる。慶長末ごろから武蔵大掾を受領まで。ぐの目乱れが多く、切れ味は最も優れる。住人忠吉。
    4. 忠広銘】:さらに晩年、寛永元年(1624年)に「武蔵大掾」を受領し、名を「忠広」と改め「武蔵大掾藤原忠広」と切る。古来別人説も唱えられたが、佐賀橋本家文書により同一人であることが裏付けられた。
  • 「忠」の第三画の横棒を、右から左へ逆鏨(ぎゃくたがね)で打つ。通常は左から右へ走らせる。
銘「肥前国住武蔵大掾藤原忠廣/寛永五年八月吉日/寛文三暦癸卯長月中一日脇毛三胴金弐ツ胴切落/寛文四年(ママ)辰四月廿七日於武州江府三ツ胴切利/山野勘十郎久秀(花押)の金象嵌あり」長二尺四寸九分、反り四分。鎬造、庵棟。尖り心の小丸掃きかけかかり浅く返る。昭和18年清田政人氏蔵。
銘「肥前國住藤原忠廣/寛永七年八月吉日」昭和48年4月23日に佐賀県の重要文化財指定。佐賀初代藩主鍋島勝茂の佩刀という。鍋島報效会所蔵。
銘「肥前国忠吉」の五字銘忠吉。表に倶利迦羅竜、裏に不動明王と梵字が彫られている。彫り物は埋忠明寿。昭和44年4月21日県指定有形文化財。長崎歴史文化博物館所蔵。
銘「肥前国忠吉」昭和15年2月23日重要美術品指定。四居満次郎所持。
銘「肥前國住藤原忠廣/寛永七年八月吉日」長75.6cm、反り1.2cm。初代忠吉59歳時の作。初代鍋島勝茂の佩刀と伝わる。受領名のない献上銘であり藩主による注文打とみられる。佐賀県指定の重要文化財。佐賀市徴古館所蔵
短刀
銘「武蔵大掾藤原忠広/刳物埋忠七佐」昭和13年5月10日重要美術品指定、河瀬虎三郎所持。
短刀
銘「肥前國住藤原忠廣/寛永八年八月日」昭和42年4月22日に佐賀県の重要文化財指定。佐賀藩10代藩主の鍋島直正が愛用したもので、なかごに「閑叟所持」の金象嵌が入る。佐嘉神社所蔵。
  • 金象嵌「萬治元年戌九月三日二つ胴截断山野加右衛門永久花押」二尺二寸七分
  • 金象嵌「二つ胴截断山野加右衛門永久花押」二尺三寸六分
  • 「肥前国陸奥守忠吉」「享保三年五月廿一日 脇毛土壇払斬味上々 斬手堅田勘太夫」二尺四寸六分半
  • 「肥前国住陸奥守忠吉」「天和元歳戌十月廿一日、二つ胴一二の胴重之切落、筧半之丞拾九歳手に而為勝花押」二尺三寸四分

二代:近江大掾忠広  

  • 近江大掾忠広
  • 慶安年間 1648-1652
  • 二代にだけ五字銘がない。
  • 初代の後妻の子という。終世「忠吉」を襲名できなかった。
  • 寛永18年7月22日に近江大掾受領。藩より屋敷と切米二十石拝領。
  • 大業物

三代:陸奥守忠吉  

  • 陸奥守忠吉
  • 二代忠広の子
  • 通称新三郎。万治3年10月27日に陸奥大掾、翌年8月16日に陸奥守受領。
  • 父に先立ち、貞享3年正月没。
  • 「陸奥大掾藤原忠吉」「肥前国陸奥守忠吉」「肥前国忠吉」
  • 最上大業物
  • 万治年間 1658-1660

四代:近江大掾  

  • 元禄年間 1688-1703。三代陸奥守の子。
  • 通称源助、のち新三郎。
  • 元禄13年3月10日に近江大掾受領。
  • 正徳元年には幕府から朝鮮国王に贈る薙刀を鍛造。
  • 正徳5年7月18日、伊賀守菊平と密通した妻を雪隠に追い詰めて切ったため、「雪隠忠吉」と呼ばれた。
  • 「近江大掾藤原忠吉」「肥前国住近江大掾藤原忠吉」「肥前国忠吉」
  • 延亨4年9月80歳で没
  • 良業物。
  • 初四代まで刀剣の業物一覧に列記されている

五代:近江守忠吉  

  • 橋本新左衛門
  • 寛延3年に近江守受領
  • 「近江守忠吉」「肥前国忠広」「肥前国近江守忠吉」「肥前国忠吉」
  • 安永4年6月15日80歳で没

六代:近江守忠吉  

  • 橋本新左衛門
  • 寛政2年に近江守受領
  • 初銘「忠広」、父の死後「忠吉」襲名
  • 安永4年から寛政2年まで「肥前国忠吉」

七代  

  • 忠広銘のまま文化13年没46歳
  • 享和ごろ。
  • 「近江守忠吉」

八代  

  • 7代の養子。
  • 吉川松根の兄で、通称新左衛門、のち内蔵允
  • 受領はないが、初代・三代に継ぐ名工と謳われた
  • 安政6年5月59歳で没

九代  

  • 明治20年に死去

土佐守忠吉  

  • 初代忠吉の弟、あるいは初代忠吉の娘婿という。
  • 寛永元年に忠吉銘。
  • 「肥前国住人忠吉」「肥前国藤原忠吉」「肥前国住人土佐守藤原忠吉」「肥州住忠吉」
  • 土佐忠。