対馬正宗

対馬正宗(つしままさむね)  


1尺5寸

  • 享保名物帳所載(ヤケ)

    対馬正宗 長一尺五分 代金五百枚 御物
    表裏刀樋鎺の上にて留め、宗対馬守殿家老柳川豊前所持本多上野介木屋取次にて五百貫にて御求め。

  • 平造り、表裏に刀樋。鋩子小丸で程よく返る。
  • 代付けは金五百枚。

由来  

  • 宗義調の次男宗対馬守家老、柳川豊前(柳川調信)所持にちなむ。
    • 柳川調信は初め商人といい、第17代当主・宗義調に仕えた。交渉能力を買われて重臣となり、九州征伐や文禄・慶長の役での朝鮮との折衝にあたった。以降、柳川氏は対朝鮮外交の実務を担い、江戸幕府からも重視された。
    • 孫の柳川調興は、江戸で育ち、家康や秀忠の小姓に任ぜられるが、後に「柳川一件」に関与し、調興は敗訴し流罪を命じられ弘前藩預かりとなった。

来歴  

  • のち本多上野介(本多正純)が木屋という徳川家の研工を通じて五百貫にて買い求めたという。
  • この頃に本阿弥光温が押形を採っている。刃長一尺六分。目釘孔3個。
  • 元和8年(1622年)8月に本多正純が失脚すると、所領は闕所となり諸道具と共に将軍家に上る。
  • 寛永15年(1638年)卯月に埋忠家で光温から預かり、押形を採っているが、この時は刃長一尺一寸で目釘孔1個となっている。
  • 享保名物帳では一尺五分。
  • のち明暦の大火で焼けている。