多々良長幸

多々良長幸(たたら ながゆき)  

江戸時代の摂津の刀工
大坂石堂派
新刀上々作にして最上大業物

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概要  

  • 紀州石堂の出で、通称は多々良四郎兵衛。
  • 紀州石堂の河内守康永の門弟となり、天和元年(1681年)に大坂に移住し、大坂石堂を起こした。
  • 大坂新刀の代表的刀工の一人。
  • 石堂派でも抜きん出た名人で、新刀備前伝の第一人者とされる。また作品は多くないが、中でも刀や脇差が多く、その他の作品は少ない。

 

  • 「多々良氏長幸」「長幸於摂津国作之」「長幸於摂津國作之」「表摂津大坂住長幸」などと切る。

最上大業物  


紀州石堂派  

  • 近江石堂派の同族という。

初代為康  

  • 初代為康は紀州に移り、紀州石堂派を興した。
  • 姓は富田。銘を「土佐将監橘為康」と十六弁の菊紋を切る。

二代為康  

  • 通称富田六郎右衛門。
  • 初代の子という。
  • 「陸奥守橘為康」

康廣  

  • 初代為康の子。
  • 通称富田五郎左衛門尉康廣
  • 銘は「土佐将監康廣」「紀伊國康廣」、のち「備中守橘康廣」と打ち、菊紋を切る。
  • 新刀弁疑では大坂石堂の祖とする。
  • 二代康廣は貞享ごろ
  • 三代康廣は享保ごろ

大坂石堂派  

為廣  

  • 初代康廣門弟。
  • 通称福地多羅蔵。
  • 寛文ごろ
  • 銘は「摂州住橘為廣」「陸奥守為廣」と切る。

則廣  

  • 紀州生まれ。
  • 通称傳右衛門。貞享ごろ
  • 銘は「摂州住丹羽相模守源則廣」と切る。

河内守康永  

  • 初代康廣の弟。
  • 通称八左衛門。
  • 銘は「河内守康永」と切る。