五条国永(刀工)

国永(くになが)  

生涯  

  • 通称孫太郎、太秦と称す。
  • 三条小鍛冶宗近の弟子と伝わるが謎が多く、未だに確たる伝承は明らかになっていない。
  • 生まれについても兼永の弟または子という説がある。
  • また寛政8年の「本朝鍛冶考」では、後一条天皇の御宇(在位1016~1036年)の人で三条宗近の弟子有国の子とし、後白河法皇の龍膽丸(りんどうまる)(竜胆丸)、菊丸の作者とする。「古今銘尽」では宗近の門人三条在国の次男で、兼永の弟という。
    1. 兼永の弟
    2. 兼永の子
    3. 三条宗近の弟子有国の子
    4. 三条宗近の弟子有国の次男、兼永の弟
宗近─┬─吉家[寛弘]
   │
   ├─有国[寛弘]─兼永[長元]─┬─国永[天喜]
   │               ├─兼次[永承]
   ├─宗則            └─兼安[永承]
   │        ┌─眞國[延久]
   ├─眞利[長久]─┤
   │        └─宗永
   ├─宗利───宗忠         助宗[平治]
   │                 宗親
   └─近村[長久]          守家

※諸説あり。[]は推定活動年間
※古刀期の刀工の相互関係については、紀年銘などからの類推が多くほとんどわかっていない。

五条派  

  • 天喜年間(1053~1058年)、兼永とともに京都五条坊門に住したという。
  • 能阿弥本銘尽によれば、「彼国永ハ保元ノ乱時 村上ノ太郎長持是ヲハク」とあり、長暦年間よりは後の活躍と見られている。
  • 国永の活動期間は、年号では寛仁(1017~1020年)、長元(1028~1036年)~天喜年間ということになる。

 

  • 有銘作が極端に少ない。
    1. 「玉クニ銘」:くにがまえの中に玉の字を切る

著名作  

鶴丸国永
銘「国永」2尺5寸9分半。仙台藩主伊達宗基から明治天皇へ献上。御物
銘「国永」長32.1cm。両鎬造、細身、剣頭張らず、鎬高く平肉つく。帽子鎬にほとんど焼詰め、先小丸。彫物表裏に樋をかき流す。なかご生ぶ、先栗尻、鑢目勝手下がり、鷹羽、桧垣など交じり、目釘穴1個。昭和31年6月28日に重要文化財指定。
太刀
二尺五寸。鎬造、庵棟。鋩子小丸。目釘孔1個。生ぶなかごで「国永」二字銘。伊勢神宮豊受(とようけ)大神宮所蔵。享保4年8代将軍徳川吉宗の奉納。
太刀
銘「国永」二尺二寸九分。重要美術品指定、宇和島伊達家侯爵伊達宗彰所持。
太刀
伯爵伊東巳代治所持
太刀
木村貞造氏所持
太刀
備前岡山藩池田家伝来
太刀
銘「合田口等利傳国永作」合田口は粟田口、等利傳は砦であるという。