十万束

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十万束(じゅうまんぞく / じゅうまんつか)  

太刀
銘 信房
名物 十万束
刃長76.7cm、反り2.8cm
御物

  • 数少ない信房在銘太刀の一振り。
  • 鎬造り、庵棟。腰反り高く踏ん張りあり、小切先。
  • 生ぶ中心、反りつき先細り栗尻。目釘孔1個。

由来  

  • 由来は諸説ある。
    一束とは(のぎ)稲(脱穀前の穎稲(えいとう))十把のことで、一把は両手の拇指と中指でつかめる量をいう。
    一段を二百五十歩としていた時代は、五歩の田から採れる稲の量を一束とした。これを脱穀すると一斗(現在の4升)となり、()き米となるとその半分の5升として計算した。
  • この太刀は、稲束10万ほどもするという非常に高価な意味で「十万束」と号がつけられたとされ、室町時代からこの名で呼ばれていたとする。

来歴  

  • 出羽庄内藩酒井家に伝来。
    出羽庄内藩は酒井忠次の嫡流、左衛門尉酒井氏が明治維新まで治めた。酒井忠次は徳川四天王の一人、初代藩主の酒井忠勝は、その嫡流の左衛門尉酒井氏酒井家次の嫡男。譜代の名門の家柄である。
  • 幕末まで同家に伝来する。
  • その後徳川宗家に献上されたのか、明治32年(1899年)4月30日、徳川家達が嘉暦二年紀年銘の来国光とともに東宮(後の大正天皇)に献上。
  • 現在御物




信房 

太刀
銘 信房
附糸巻太刀
長76.1cm、反り2.3cm
国宝
致道博物館所蔵(山形県鶴岡市)

  • こちらも「十万束」同様に古備前信房作で、庄内藩酒井家伝来の太刀
  • 雉子股形のなかごは生ぶで、鑢目切り。目釘穴の上、棟寄りに古雅な「信房作」の三字銘がある。
  • 天正12年(1584年)、「小牧長久手の戦い」で戦功をあげた酒井忠次が徳川家康から拝領したものである。
    酒井忠次は家康股肱の臣。徳川四天王・徳川十六神将ともに筆頭とされ、家康第一の功臣とされる。
  • 昭和27年(1952年)3月29日に国宝指定。
  • 酒井家ゆかりの致道博物館所蔵