切銃

切銃(きりづつ)  

無銘来国行
山崎長徳所持

由来  

  • 加賀藩の重臣山崎長徳閑斎が朝倉氏に使えていた若いころ、越前の麻生津または長善寺で、突然鉄砲を持った敵兵に遭遇した。
  • 長徳が早業で抜刀し切りつけたところ、敵兵は鉄砲で受けようとするが銃身もろとも切り倒したという。
  • この時に使用したのが「切銃」で、長徳は記念に切り落とした筒先を持ち帰った。
  • 後年前田家臣になっていたころに近くの寺を通りかかり、参詣したついでに一泊し住職と話をしていると、むかしある人の依頼で鉄砲もろとも斬られたという兵卒を葬ったという。
  • 鉄砲も保管してあるというので見せてもらうと、まさしく先年長徳が切り落としたものであった。持ち歩いていた筒先を見せるとぴったりとあったため、実はこれを切ったのは私であると話し、鉄砲を貰い受けて帰った。

来歴  

  • その後山崎家に伝来し、維新前まで同家にあったという。
  • 本阿弥長識が鑑定を行い、来国光の鞘書きをしている。
  • なお山崎長徳には同じような逸話の「鉄砲兼光」もある。ただしこちらは久留米侍従毛利秀包が拝領しており、「久留米侍従秀包所持」と金象嵌を入れているので別物になる。