八龍

八龍(はちりゅう)  

源義家からの八領の鎧のひとつで源氏重代相伝の鎧。
八竜、はちりょう

由来  

  • 八大龍王信仰の賜物で、八大龍王を表す八つの竜の金飾りが施されているという。
  • また「源平盛衰記」によれば、「銀にて鍬形打たる竜頭の甲を賜はる」とあり、「銀にて竜を前に三、後に三、左右に一宛打たれば、八竜と名付たり。」とされる。

来歴  

  • 為義の八男源為朝に与えられたが、為朝は7尺(210センチ)の巨漢であり小さ過ぎたため、同形式で白糸縅の鎧を作らせて身に着けたという(大型八龍)。
  • 保元の合戦の折には源義朝が、平治の合戦では義朝の長男悪源太義平が着用したが、平治の合戦に負け義平が都落ちする際、雪中に脱ぎ捨てたという。

    嫡子悪源太義平は生年一九歳、練色の魚綾(ぎょりょう)の直垂に、八龍とて胸板に龍を八つ打て付たる鎧を着て、高角(たかづの)の甲の緒をしめ、石切と云太刀を帯、石打の矢負、重藤の弓持って、鹿毛なる馬の逸り切りたるに鏡鞍置せて、父の馬と同頭に引立たり。
    平治物語

  • 「源平盛衰記」によると、後日源義経の手に渡り屋島の戦いで戦功があった小林神五宗行に与えられたという。
  • 後世には鎧の代名詞的存在となり、龍の飾りをつけた甲冑はみな八龍と呼ばれることがあった。
  • 「信長公記」では今川義元も桶狭間合戦で八龍の兜を被っていたという。