伊勢左文字

伊勢左文字(いせさもんじ)  


金象嵌 左文字
名物 伊勢左文字
二尺三寸五厘

由来  

  • 島津家の筆頭家老、伊勢兵部少輔所持にちなむ。

来歴  

薩摩伊勢氏  

  • 伊勢兵部少輔貞昌は島津家臣の有川貞真の子。有川貞真は縁戚関係にある伊勢貞為の許しを得、兄の貞末共々伊勢氏を名乗る。
    有川氏は池頼盛の後裔(池氏)を称する。この有川貞真が許しを得た伊勢貞為の子が、「小烏丸」に登場する伊勢貞衛になる。
  • その関係で、貞昌は有職故実家伊勢兵庫頭貞景(伊勢貞為)の養子となり、伊勢貞知(伊勢七郎左衛門尉)より有職故実の伝授を受けている。
  • 貞昌は伊勢家の養子となった後も島津家に仕えている。
  • 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの際には、西軍伊東家の重臣稲津掃部祐信が島津方に攻撃をかけてきたため、貞昌はこの左文字を帯びて鎮圧に向かい、大功を立てる。その後も朝鮮の役の従軍するなどの功を立て、島津家の筆頭家老となっている。

加賀前田家  

  • 本刀がいつごろ伊勢家を出たのかは不明だが、正保3年(1646年)には加賀藩前田利常から本阿弥家に鑑定に出されており、七十五枚だったものが百三十枚へ上がっている。

将軍家  

  • 元禄15年(1702年)4月、将軍綱吉が前田邸に御成の際に世子吉徳から献上。

    (元禄十五年)四月二十六日(将軍綱吉が)父が邸にならせたまふのとき、長光の御太刀貞宗の御刀(略)をたまはる。吉徳もまた助長の太刀、左文字の刀(略)を献じ。
    (寛政重脩諸家譜)

  • その後火災にあい焼失した。