今剣

今剣(いまのつるぎ)  

短刀
六寸五分
いまつるぎ、いまの劒

Table of Contents
  • 九郎判官源義経が自刃したときに使ったと言われる短刀。
  • 三条小鍛冶宗近の作と言う。
  • 義経記

    三条小鍛治が宿願有りて、鞍馬へ打ちて参らせたる刀の六寸五分ありけるを、別當申し下していまの劒と名付けて秘蔵しけるを、判官幼くて鞍馬へ御出の時、守刀に奉りしぞかし。義経幼少より秘蔵して身を離さずして西国の合戦にも鎧の下にさされける。

  • 田中本を底本とする「義経記」によると、拵は「柄には紫檀を貼り合わせ、鞘尻に唐草模様に籐を巻き、竹の輪違いの紋をあしらったもの」だという。
    刃長を”六尺五寸”(約195cm)とするものがあるが、もしそうであるとすると日本刀としてもかなり長大なもので「大太刀」に分類される。それを大磨上げしてまで短刀にしたと考えるのはかなり無理があり、”六尺五寸”は”六寸五分”(約20cm)の誤りではないかと指摘されている。

由来  

  • 元は、鞍馬山を祈願のために訪れた三条小鍛冶宗近が奉納していったもので、六寸五分の剣であったという。「今剣」という名前は後に鞍馬寺別当の東光坊阿闍梨、蓮忍が名付けたもの。
  • 東光坊蓮忍が自分の手元に秘蔵し、それを鞍馬にいた頃の遮那王(牛若丸、後の源義経)に与えたとされる。

来歴  

  • 義経が鞍馬寺を出る際に入手し、その後義経の守り刀として使われたと言う。
  • 文治5年(1189年)閏4月30日、源頼朝の追及を受けた義経が、奥州藤原氏当主である泰衡に居館を攻められ衣川館持仏堂に篭り、自刃し果てた時に使ったと伝わる。

再発見?  

  • 義経ののち今剣は行方不明だったが、青森県むつ市の個人が2015年秋に知人から譲り受けたとして2016年に公開された。長24cm。三条宗近の銘があり、鵜首造り、鞘は唐草模様の漆塗りだという。ただしこれが義経の使った今剣かどうかは不明。 ※デーリー東北、2016年4月21日付け天鐘欄。
  • 目釘孔1個。目釘孔の上に「三條」、下に「宗□近」あるいは「宗□造」か。

異説:友成 

  • 長享銘尽」には友成の項に記載がある。

    友成 備前国住人……九郎判官義経ノ鞍馬多聞天ヨリ感得金造此作也。又平家能登守殿教経ササ丸造之。

  • 「鞍馬多聞天ヨリ感得金造」というのが、この「今剣」のことを指している。