上野江

上野江(こうづけごう)  


無銘義弘
金象嵌 本多上野介所持/本阿弥(花押)
上野江(上野郷)

  • 享保名物帳所載(ヤケ)

    上野江 象嵌長二尺三寸四分 代金二百枚 御物
    本多上野介所持、闕所道具になり上る、小切先樋中心表に本多上野介所持、裏に本阿弥

由来  

  • 本多上野介正純所持にちなむ。
    常陸江と同物の場合、はじめは木村常陸介重茲所持。秀次の家老であった関係で文禄4年(1595年)7月15日に摂津茨木の大門寺で自害。本刀は秀吉に没収され三之箱に収められた。埋忠明寿と寿斎が磨上げ、二尺三寸四分になる。こののち本多上野介所持となり、あとは同じ。

来歴  

  • 本多正純が所持していたが、元和8年(1622年)10月に将軍秀忠の勘気を蒙り改易になった際に、闕所道具として没収される。
  • 将軍家蔵となるが、明暦の大火で焼失。
  • 本阿弥光徳が金二百枚の折紙をつけ、埋忠寿斎に磨上させている。差表に「本多上野介所持」、裏に「義弘磨上之 本阿(花押)」と金象嵌を入れている。
  • しかし、「埋忠銘鑑」の押形では刃紋の焼きだしが鑢目(やすりめ)の上端からはじまっており、生ぶなかごであることがわかる。これにより光徳が寿斎に元の銘を消させ、大磨上に見せかけて郷義弘の無銘刀を偽造したことがわかるとする。
  • 同じ享保名物帳の焼失の部にのる「常陸江(二尺三寸四分、本多上野介所持、御物)」と同じものともいう。