上杉家御手選三十五腰

上杉家御手選三十五腰(うえすぎけおてえらびさんじゅうごよう)  

御重代三拾五腰ノ内
「上杉景勝御手選三十五腰(うえすぎかげかつさんじゅうごこし)」
「御重代三十五腰」

  • 愛刀家で知られた故謙信の所蔵品のうちから、自身も卓越した鑑定眼で知られた上杉景勝が特に気に入ったものを選抜した名刀リスト。
    「上杉家御手選三十五腰」の名称は広く流布しているものの、近代以前には見られないものとされ、出処がよくわからない。三十五腰ではなく三十六腰とも伝わる。
  • 三十五腰のうち、謙信の佩刀は二十八腰に上る。
  • 景勝自ら「上ひざう(秘蔵)」として書き上げたものは二十八腰に上る。→「上杉景勝自筆腰物目録」参照
  • 詳細が判明している刀剣については「上杉家伝来の刀」の項を参照。
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三十五腰に含まれるもの  

  • 他にも、上杉管領家より譲られた天国や麻呂の太刀粟田口国綱や備前元重大太刀菊御作太刀武田信繁を切った国宗(名物典厩割)、その後に替えた手掻包行、鉄砲を切った鉄砲兼光竹俣兼光)、斬られてから泳いだ波泳兼光、後奈良帝より拝領の瓜実の剣、正親町帝より拝領の五虎退吉光や備前長光太刀、将軍義輝より下賜の藤林国綱と来国俊(谷切?)と五鈷吉光(五虎退)、古河公方より拝領の相州九郎二郎広光の脇差(短刀)、武田信玄より贈られた弘□の太刀、杖に仕込んだ備前国宗の太刀、長尾憲景から贈られた山鳥毛太刀山鳥毛一文字)、徳川家康から贈られた畠田守家の太刀徳用守家)、御堂に参詣する時の一文字の太刀、福祭りの際の七星の剣、普段指しの景光の短刀、大般若経会の時の般若の太刀(備中青江守次)、備前兼光の刀、川中島に帯びて行ったと言う無銘の短刀などが現存する。
  • 他に消失しているものとしては、川中島で武田信玄に切りつけたという二尺九寸の国吉、深淵金太夫と仙可を重ね斬りにしたという相州貞宗の脇差、森出雲守に与えた京信国太刀、槇伊賀守に与えた大原実守の大脇差、阿尾城主菊池伊豆守武勝に与えた紀新大夫行平太刀、金熨斗付けの短刀などもある。また五丁槍という重宝もあったという。
  • 草間一文字(くさま)うぶナカゴ、大丁子乱れ。竹屋は北国一の刀と褒めたという。




景勝自筆腰物  

  • 景勝自ら「上ひざう(秘蔵)」として書き上げたもの。
  • 「三十五腰」とは異なり、景勝が記した「腰物目録(上秘蔵)」については、上杉家文書に残っており明瞭である。


関係書籍  

上杉家文書(うえすぎけもんじょ)  

古文書
国宝
米沢市上杉博物館所蔵

  • 旧米沢藩主上杉家に伝来した古文書で、保存場所ごとに分類される。
  1. 赤箪笥(乾)入文書
  2. 赤箪笥(坤)入文書:江戸~明治期
  3. 両掛入文書
  4. 精選古案両掛入文書
  5. 黒塗掛硯箱入文書:江戸~明治期
  • また内容別には下記に大別できる。
  1. 【山内上杉家文書】:南北朝時代の安堵状、室町将軍の自筆書状、御教書、御内書
  2. 【越後国守護上杉家文書】:室町時代の山内上杉氏の所領・相続関係の文書
  3. 【府内長尾家文書】:長尾為景時代の越後国衆の動向を伝えた文書
  4. 【古志長尾家文書】
  5. 【謙信、景勝、定勝以降の上杉氏文書】
  • 上杉家では、謙信以来の景勝・定勝三代の文書を近世大名上杉家の根本文書として三つの黒漆塗りの懸硯箱に分納し、次に謙信以前の守護代長尾氏の文書と、上杉重能以来の関東管領山内上杉氏の文書を赤箪笥に収納する方法をとっていた。
  • 1979年(昭和54年)6月6日重要文化財指定
  • 2001年(平成13年)6月22日重文指定時には「附」とされていた文書を含め、国宝に指定。※武家文書として初の国宝指定。
  1. 上杉家文書 2,018通、4帖、26冊
    1. 附:歴代年譜(14部)325冊
    2. 附:両掛入文書箱等並赤箪笥 3合2棹

上杉家御年譜(うえすぎけごねんぷ)  

  • 「歴代年譜」
  • 米沢藩主上杉家歴代の世紀。
  • 初代謙信より14代茂憲までの年譜387巻、10代治憲世子顕孝の年譜4巻、支侯(米沢新田藩)2代・26巻、計417巻
  • 米沢藩では天和年間ごろに修史事業が始まり、元禄9年(1696年)に「謙信公御年譜」、元禄16年(1703年)に「景勝公御年譜」が完成している。その後、宝暦2年(1752年)に3代定勝から8代宗房まで、文政10年(1827年)に9代重定、10代治憲と継続して完成している。
  • 明治に入ってからは上杉家で編纂作業が行われ、昭和10年(1935年)に14代茂憲の年譜が完成した。
  • 国宝「上杉家文書」の一部をなす。※国宝指定で国宝文書の一部とされた。
  • 平成元年(1989年)上杉隆憲氏より米沢市に寄贈され、米沢市上杉博物館で所蔵される。
  • 米沢温故会により活字本が刊行されている。

宝物帳  

  • 昭和3年(1928年)刊行
  • ※具足類の番号が後述御具足台帳と一致している。
  • 個人蔵

御具足台帳  

  • 昭和5年(1930年)刊行

上杉家刀剣台帳  

  • 近代に入って作成された史料。
  • 「乾」「坤」二巻
    1. 「乾」:82振り
    2. 「坤」:109振り
  • 昭和30年代末に上杉家から出て現在は福士繁雄氏蔵
  • 抜粋した内容が「刀剣美術」に掲載されている。
    1. 「刀剣美術」平成12年(2000年)10月第525号:「上杉家刀剣台帳」から ※「乾」
    2. 「刀剣美術」平成20年(2008年)4月第615号:「上杉家刀剣台帳」から ※「坤」
    3. 「刀剣美術」平成21年(2009年)新年号第624号:「上杉家刀剣台帳」から(その三)

上杉伯爵家刀剣拵台帳  

  • 刀装具に関する書籍

出羽米沢上杉家刀剣目録  

  • 「皇室・将軍家・大名家刀剣目録」福永酔剣(雄山閣出版 1997年)に収録。


実記履歴  

  • 慶長8年2月

    (是月)上杉中納言景勝卿江戸に參覲す。櫻田に於て宅地を賜ふ。

  • 慶長15年12月25日

    この日江戸の御所には上杉中納言景勝が櫻田の亭にならせたまふ。景勝に包永の御太刀備前守家の御刀。左文字の御脇差。時服五十。銀三百枚たまはる。景勝より來國俊の太刀正宗の刀。貞宗の脇差。時服三十。銀三百枚。純子三十卷。綿三百把。鞍馬一疋を奉る。景勝の長子玉丸定勝に御盃をたまひ。名を千徳丸とたまはり。御手づから國光の御刀を授らる。時に七歳。また家臣直江山城守兼續等五人。各時服銀をかづけらる。

    • 北越軍記、武家盛衰記ではこれを慶長8年11月28日のこととする。
  • 元和7年正月23日

    廿三日曉に尾張中納言義直卿新第より出火して。其火城溝をこえ。上杉中納言景勝。松平陸奧守政宗。松平長門穿秀就。松平薩摩守家久。鍋島信濃守勝茂。同紀伊守元茂。同和泉守忠茂。眞田伊豆守信之。戸澤右京亮政盛。森美作守忠政。南部信濃守利直。秋田城介實季。成田左馬助氏宗。太田原備前守晴清。大關右衞門高増。溝口伊豆守善勝。淺野釆女正長重。寺澤志摩守廣高。松平宮内少輔忠雄。仙石兵部大輔忠政等の邸宅悉く延燒し。一日一夜にして漸く熄む。

  • 元和9年2月13日

    この日上杉中納言景勝卿の長子喜平治定勝。從四位下侍從に叙任し彈正大弼に改む。

  • 元和9年2月29日

    廿九日先に火災にかゝりたる輩へ白銀を給はる。松平陸奧守政宗には銀一萬千六百枚。 美作守忠宗に四千六百枚たまふ。その他なほ若干なり。

  • 元和9年5月

    出羽國米澤城主上杉中納言景勝卿卒せしかば。長子彈正大弼定勝に原封三十萬石を襲しめらる。

  • 寛永3年8月19日

    上杉弾正大弼定勝。松平新太郎光政。藤堂和泉守高虎。井伊掃部頭直孝。松平長門守秀就はともに少將。

関連項目  

上杉景勝自筆腰物目録 / 上杉家伝来の刀 / 武田家の刀