龍光院天目

龍光院天目(りょうこういんてんもく)  

曜変天目茶碗
高6.6cm 口径12.1cm 高台径3.8cm
国宝
大徳寺龍光院所蔵(京都)

  • 外箱書付

    外箱 桐 蔀蓋 箱上環付
    蔀蓋表書付 江月和尚
    曜變天目

由来  

  • 大徳寺塔頭寺院である龍光院に伝来したもの。
    龍光院(りょうこういん、竜光院)は、初代筑前福岡藩主の黒田長政が父、如水の菩提を弔うために塔頭玉林院南に墓を立てたことに始まる。三回忌に合せて建立、開基されたのが龍光院である。開山は春屋宗園。龍光院の名は、如水の戒名(龍光院殿如水円清大居士)にちなむ。
     なお龍光院は、「龍光院天目(曜変天目)」を始めとして国宝重要文化財の建物や美術品を多数有するが、観光を目的とした拝観は一切受け付けておらず、特別公開の類も行わない。いわゆる拝観謝絶の寺院である。

来歴  

  • 天王寺屋津田宗及が所持していたもので、父のために春屋宗園を開基として創建した大通庵に納められた。
    春屋宗園は大徳寺111世。堺南宗寺に入った後、大徳寺に戻り三玄院、龍光院、貞嶽院を開山した。堺では津田宗及、今井宗久、千利休らと親交を結び、宗及の子春松、利休の後妻の子宗旦を弟子としている。宗旦はやがて還俗するが、春松は初め春屋宗丸、のち宗玩と改めた。この宗玩が後の江月宗玩である。
  • のち春屋宗園は大徳寺に戻り、龍光院の開基となっている。慶長15年(1610年)春屋宗園が示寂し、江月宗玩大徳寺龍光院を継いだころより大徳寺に伝わった。

    宗及没、嫡子宗凡継家督、宗凡没而無遺跡、大徳寺内龍光院江月和尚者宗凡弟也、家伝之茶器不残江月和尚江来り、于今龍光院ニアリ、此書モ其ノ内也
    天王寺屋会記 木下俊長)

    江月和尚以来、大徳寺龍光院の御物たり、古来此曜変天目一つを売却すれば、優に一寺を建立する事を得べしと言ひ傳たりとぞ。

    曜變 龍光院 徑四寸、外無地、内黑、星あり、黑藥にギンあり
    (千家中興名物

    曜變 龍光院 曜變にては最上と云ふ、黑藥銀あり。
    (紀国屋彦二郎著閑窓雑記)

    なお龍光院には油滴天目中興名物重要文化財)も伝わるがこちらも同様に宗及から江月宗玩を経て龍光院蔵となっている。

  • 国宝三碗のうち最も地味だが幽玄な美しさを持つと評価される。
  • 明治41年(1908年)4月23日旧国宝指定
  • 昭和26年(1951年)6月9日新国宝指定、龍光院蔵
  • ※通常非公開であり、公開されることはほぼない。
    龍光院自体が拝観謝絶の寺院である。「龍光院天目」については、過去10年に一度程度、美術館などで公開されたことがある。