最勝園寺殿評定分

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最勝園寺殿評定分(さいしょうおんじどのひょうじょうぶん)  

  • 北条貞時のときに名のある刀工を選んだもの。
  • 「西勝園寺殿被評定分也」

概要  

  • 9代執権北条貞時は、在職弘安7年(1284年)~正安3年(1301年)。
    • 戒名の最勝園寺殿覚賢による。

追加  

  • 了戒まで15工がまず書かれており、その後に「又追加或人々城禅門作云々」として5工が追記されている。
  • この「城禅門」とは安達陸奥守泰盛入道覚真のことだという。泰盛の姉妹である覚山尼は、8代執権北条時宗に嫁ぎ、文永8年(1271年)12月に嫡男北条貞時(後の9代執権)を産んでいる。
  • 泰盛は姻戚関係を背景に横暴に振る舞うところがあったとされ、弘安8年(1285年)11月17日に霜月騒動が勃発して安達一門は殺害された。そのため、この追記分の「城禅門」が泰盛であるとすればそれまでに行われたことになる。
    弘安7年(1284年)4月に父北条時宗が病死したため、貞時は13歳で執権に就任している。そこからわずか1年半の間となる。

刀工一覧  

国宗備前三郎
行信和州千手院
金王丸和州
包永和州平三郎
興福寺和州住乙太郎
中光和州
力王和州
但次和州或説ニ日光
日光和州
重弘千手院藤太
定俊京五郎入道
定利平安城綾小路彌五郎
則弘和州尻懸住
重則和州
了戒平安城住法師
 
  又追加或人々城禅門作云々
行安薩摩波平
光包江州坂本住戸津来
国村肥後国延寿太郎
国吉肥後菊池
則長正和年中和州尻懸

評定分