日光助真

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日光助眞(にっこうすけざね)  

太刀
助真(号 日光助真)
二尺三寸五分
刃長71.2cm、反り2.5cm、元幅3.2cm、先幅2.5cm。
国宝
日光東照宮所蔵

  • 鎌倉時代中期頃の刀工、助眞の作
    • 助真は鎌倉一文字と呼ばれ、「可然物」に入る。一方で「新作物」にも選ばれており、二代説となる。
    • 三浦党の本拠逗子市沼間で、三浦毛重代の笑栗(えみぐり)の太刀を造ったという。笑栗は三浦義明佩用と言い、義明が治承4年(1180年)に89歳で没しているため、助真は古備前鍛冶ということになる。
  • 鎬造、庵棟、身幅広く、鋒は猪首。
  • 茎は少し磨上げてあり、栗尻、目釘孔二つ、勝手下りの鑢目残り、もと目釘孔の上の樋を掻き流した下に「助真」の二字銘が入る。

来歴  

加藤清正  

  • はじめ加藤清正の所持。

家康  

  • 秀吉没後、加藤清正が徳川家康に献上した太刀
  • 駿府御分物刀剣元帳」の「被下物之御腰物」に載る。

    日光へ助真さね 日光助真 加藤肥後

    異説として、加藤清正の娘・瑤林院八十姫を紀伊大納言頼宣に嫁がせる際に、婿引出として頼宣に贈ったともいう。ただし慶長14年(1609年)の婚約時には家康・清正の両者ともに生存していたが、元和3年(1617年)の輿入れ時には家康・清正共にすでに没している。「駿府御分物刀剣元帳」にも載ることから、おそらく婚約が成った際に清正から家康へと贈られたものと思われる。

日光東照宮  

  • 家康の愛刀として名高く、死後日光東照宮に納められた。
  • 日光東照宮の神殿深く祭られていることから「日光助真」と号し、享保名物帳にも記載されている。※ただし芍薬亭本に記載なし
  • 明治43年(1910年)4月20に旧国宝指定。

    革柄蝋色鞘刀銘 助眞 一口 栃木縣上都賀郡日光町 東照宮
    (内務省告示第六十八號)

  • 昭和4年(1929年)に開催された「日本名宝展覧会」に出展されている。

    身長二尺三寸五分、鎬造り、表裏に棒樋刃文大丁子亂れ、拵は天正式、中身は福岡一文字の名工で後年鎌倉に移り、相州物の素地を作って鎌倉一文字の稱ある助真の代表的傑作、家康の愛刀である。

  • 昭和26年(1951年)6月9日に国宝指定。

    革柄蝋色鞘刀銘 助眞
    太刀 銘助眞 附打刀拵 一口 東照宮 栃木県上都賀郡日光町
    (文化財保護委員会告示第二号)

  • 現存。