小国行

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小国行(こくにゆき)  


来国行
二尺五寸

  • 享保名物帳所載(ヤケ)

    小國行 長二尺五寸 御物
    由緒不知

    小國行と云は短き刀を言ふなり弐尺五寸にては大國行なり異本に弐尺五分とあるが正しかるべし。(詳註刀剣名物帳

由来  

  • もう一本長い来国行作の太刀新身国行 二尺七寸)があったためという。
    加賀前田家における「大青江」と「小青江」の関係と同じ。しかし詳註刀剣名物帳では、二尺五寸もあるのに小国行はおかしいため、刃長は異本の二尺五分が正しいだろうとしている。

来歴  

  • 秀吉が所持し二之箱に納めた。

    二之箱 小国行

  • のち徳川将軍家に伝わるが、明暦の大火で焼けてしまう。

尼子家の小国行  

  • 天正16年(1588年)、毛利輝元が幽閉中であった尼子義久に対して、「小国行」を献上したことに対する礼状を贈っている。
    永禄8年(1565年)に尼子義久は、毛利氏により月山富田城を囲まれ(第二次月山富田城の戦い)、糧道を抑えられたこともあり翌永禄9年(1566年)11月に遂に降伏する。毛利元就は尼子義久とその兄弟の命を助けるが安芸円明寺に幽閉している。この後、天正17年(1589年)には義久は輝元から客分として遇され、安芸国志道に居館を与えられている。
  • これが後に秀吉に献上された可能性もあるがよくわからない。