天王寺屋会記


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天王寺屋会記(てんのうじやかいき)  

茶会記録の書物

Table of Contents

概要  

  • 堺の豪商、天王寺屋津田宗達、津田宗及、津田宗凡および江月宗玩の三代に渡る茶会記録。
  • 出席者や披露された茶道具などが記載される。
  • 下記内容の16巻からなる(宗凡および宗玩で1巻)。

内容  

  • 津田宗達:
    • 天文17年(1548年)~永禄9年(1566年)の自他会記各2巻
  • 津田宗及:
    • 永禄8年(1565年)~天正15年(1587年)の他会記4巻
    • 永禄9年(1566年)~天正15年(1587年)の自会記5巻
    • 永禄9年(1566年)~元亀3年(1572年)の道具拝見記1巻
    • 天正11年(1583年)~天正15年(1587年)の大坂での自会記1巻
  • 津田宗凡:
    • 天正18年(1590年)の他会記 ※1巻
  • 江月宗玩
    • 元和元年(1615年)~元和2年(1616年)の他会記 ※1巻


主な名物の記述  

  • 当時茶会において、茶器に限らず様々な名物を賞翫することが広く行われている。

天正八年(1580年)二月二十二日  

信長が茶会の席で自慢の名刀を披露したもの。前半が短刀14口、後半が太刀8口。

同二月廿二日 上様御前ニて 於京都
御脇指 十四腰 御腰物 八腰
 薬研透吉光  ※本文注「薬研透シハ足利義満所持ノ名刀」 (薬研藤四郎
 無銘藤四郎 (大坂無銘藤四郎
 アラミ藤四郎 (大坂新身藤四郎
 北野 同  (北野藤四郎
 上龍下龍 正宗 (上り竜下り竜正宗
 大トオシ 正宗 (大通し正宗
 左文字 ハガ道祐所持
 左文字 尾州ヨリ出申候
 吉光 越前朝倉 (朝倉藤四郎
 吉光 アラミニ似タリ
 ゴウ 森川所持也 (森川郷)
 国吉 ヌケ国吉 安宅摂津所持也 (抜国吉
 国行 佐々木殿所持
 国次
   前宗達三好下野へ参候
 
  御腰物分
 不動国行 松永進上 (不動国行
 正宗 ウチイ五郎入道 油やニ質ニ有之タル也
 光忠 三好実休 (実休光忠
 光忠 越前朝倉
 小光忠
 長儀 (長義
 信国 三好宗三所持従油屋被召上候  (宗三信国
 長光 香西長光 (香西長光
   已上

天文19年(1550年)7月2日  

  • 竹田與四郎の槍拝見

    竹田與四郎槍 宗達宿ニて拝見

    源氏定?

元亀二年(1571年)三月四日  

同四日朝 針ヤ彦六會
一 於道三 蘭奢待見申候 少給候
一 於東福寺 納屋宗久振舞アリ 京中上下之衆不賤被来候
  宗及左文字ノ刀 宗久ノ西村ニ遣候
  宗久備前兼光ノ脇指 慶佐ニ被遣候
   其他小袖 又キ花扇ナド方々ニ遣候

  • 針ヤ:針屋彦六(針屋宗和)、西村:宗久の家来、慶佐:宗及の執事

天正元年(1573年)正月廿三日朝  

油屋常祐會 紹可 宗久
信國ノ刀見申候 二尺アリ ヒアリ ヤキバ亂タリ

弘治4年(1558年)9月21日  

吉平ノかたな めい太刀之方ニ在

天正九年(1581年)四月十二日  

  • 地蔵行平

     同四月十二日之朝 長岡與一郎殿之振舞
    一 御人数 惟任日向守殿父子 三人
      長岡兵部太夫殿父子 三人
      紹巴 宗及 宗二 道是
    一 御酒半ニ 地蔵行平太刀 従與一郎殿
      日向殿へ御進上候也

関連項目