天叢雲剣


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天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)  

三種の神器の一つ
日本三霊剣
草薙剣、都牟刈の大刀

スサノオ  

  • 三種の神器の一つにして、日本三霊剣のひとつ。
  • スサノオが八岐大蛇を退治した時、その体内から出現した。雨雲を呼び出す力を持つという。

    ある書がいうに、元の名は天叢雲剣。大蛇の居る上に常に雲気が掛かっていたため、かく名づけたか

  • のち、スサノオはこれを高天原の天照大神(アマテラス)に献上した。

天孫降臨  

  • 天孫降臨の際に、天照大神から三種の神器としてニニギ(瓊瓊杵尊)に手渡され、再び葦原中国へと降りた。
  • ニニギが所有して以降、皇居内に天照大神の神体とされる八咫鏡とともに祀られていたが、崇神天皇の時代に、皇女トヨスキイリヒメ(豊鍬入姫命)により、八咫鏡とともに皇居の外で祀られるようになった。

日本武尊  

  • 景行天皇の時代、草薙剣は伊勢国のヤマトヒメから、東国の制圧(東征)へ向かうヤマトタケル(日本武尊)に渡された。
  • 相模国(記)あるいは駿河国(紀)において、敵の放った野火に囲まれ窮地に陥るが、剣で草を刈り払い、向い火を点け脱出する。
  • これより後、名を草薙剣(くさなぎのつるぎ)と改めた。

平家都落ち  

  • 寿永2年(1183年)7月平家都落ちの際に持ちだされる。
  • 元暦2年(1185年)の壇ノ浦の戦いで安徳帝と共に赤間関に沈んでしまい、鏡と勾玉は無事だったが、草薙剣は二度と上ることはなかった。

    二ゐ殿(二位尼平時子)今をかぎりとおもひさだめ、ほうけん(天叢雲剣)の腰にさし、しんじ(神璽、八尺瓊勾玉)をば脇にはなみて、先帝(安徳天皇)をばあぜちのつぼね(按察使局)にいだかし奉り、海へぞ入給ひける。
    しんじはうかみたりけるをとりあげ奉りぬ。寶劔は終にうせにけり。

異説など  

  • 熱田神宮の神体となっている。
  • 天目一箇命(あめのまひとつのかみ)が天照皇大神のために香具山(かぐやま)の鉄で鍛えた剣ともいう。
    天目一箇神は日本神話に登場する製鉄・鍛冶の神とされる。岩戸隠れの際に刀斧・鉄鐸を造り、さらに大物主神を祀るときに作金者(かなだくみ、鍛冶)として料物を造っている。神名の「目一箇」(まひとつ)は「一つ目」(片目)の意味であり、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことから、または片目を失明する鍛冶の職業病があったことからとされている。