主水正正清(刀工)


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主水正正清(もんどのしょうまさきよ)  

江戸時代の薩摩国の刀工
新刀最上作にして大業物
宮原正清、御紋正清

概要  

  • 寛文10年(1670年)生まれ、享保15年(1730年)6月6日没
  • 俗名は宮原清右衛門、覚太夫。
  • 丸田惣左衛門正房の門人で、はじめ銘を「吉景」「清盈」と切る。のち「薩州藤原正清」。
  • 享保6年(1721年)1月、八代将軍徳川吉宗の命により一平安代と共に江戸浜御殿において作刀し、その出来の良さを認められ葵一葉紋を茎に切ることを許される。

    去年冬、吉貴公薩州の鍛匠宮原正清(清右衛門と称す、鹿児島の人、丸田惣()衛門正房が弟子也、正房鹿児島の人、其祖丸田備後守氏房と称す、天正年間濃州関に至て鍛匠を学ぶ、相つたへて惣左衛門正房に至る、名誉たかし)、玉置安代(略)に刀を造らしめ将軍に献ず。
    於是将軍二人を東武に召す。二人営に登て有司に謁す(是を御腰物奉行と云ふ)。有司宝刀四柄(正宗二柄、貞宗一柄、郷則重(・・)一柄)を示して曰、是官の重器なり、有司にあらんは本阿弥も見ることあたはす。二人謝して退く(二人四度営に登る)。命を奉じて二匠濱御殿に至り刀を造て献ず。将軍これを賞し、正清を主水正、安代を主馬首に任ず。銀(各十枚)を賜ひ、葵を刀に彫刻することを免さる。
    ※おかしい部分もあるが原文ママとする

  • 将軍家の斡旋により7月13日に主水正を受領した。
  • 薩摩藩主島津家より切米六石を支給され、城下西田町に住したため西田鍛冶と呼ばれた。
  • 享保15年(1730年)6月65歳で没。

著名作  

銘「一葉葵紋 主水正正清/享保十五年二月日」刃長74.58cm。東京国立博物館所蔵
銘「一葉葵紋 主水正正清」刃長74.2cm。東京国立博物館所蔵


系譜  

宮原正近  

  • 主水正正清の子。
  • 宮原源右衛門。
  • 通称覚太夫。父の没後に清右衛門と改める。
  • 銘「薩州住藤原正近」

藤原正盛  

  • 弓削藤原正盛。
  • 丸田正房に師事したのち、主水正正清の門人となる。
  • 銘「薩州住藤原正盛」

清一  

  • 科木太蔵
  • 銘「薩州住清一」

関連項目