上杉家伝来の刀

※当サイトのスクリーンショットを取った上で、まとめサイト、ブログ、TwitterなどのSNSに上げる方がおられますが、ご遠慮ください。

上杉家伝来の刀(うえすぎけでんらいのかたな)  

  • ここでは、詳細が判明している刀剣についてまとめる。
Table of Contents

概要  

  • 上杉家関係刀剣の一覧
    表中注釈
    上杉家1045/1046:「景勝上秘蔵(上杉家文書)」所載
    刀剣台帳:「上杉家刀剣台帳」所載
    三十五腰:○は確実と見られる26腰、△は推定。

    大まかに、太刀・刀、短刀、剣の順に並べ、その中で流派別に並べた。
名前指定・所蔵上杉家
1045
上杉家
1046
刀剣
台帳
三十五腰備考
行平重文(拵)・佐野美術館乾4秋草文黒漆太刀拵。銘「豊後国行平作」
藤林国綱重美足利義輝拝領。銘「建長五年鎌倉国綱」か
姫鶴一文字重文・上杉博物館乾3「ひめつる」
山鳥毛一文字国宝・個人蔵乾7「山てうまう」長尾憲景より
菊一文字重美・東博乾1黒漆塗打刀「菊御作」→大正14献上
一文字重美・個人蔵乾11御堂参詣時
謙信助宗重文・松岬神社坤93
草間一文字「くさま一もんし」
熊田一文字
則包個人蔵乾9黒漆塗打刀「のりかの」
光忠「ミつたゝ」
高木長光重文・個人蔵乾8「たかぎ」
高瀬長光重美・上杉博物館乾50日光長光か 銘「長船 長光
日光長光「日光なかミつ」高瀬長光同物か
新身長光「座敷床の間」
備前長光正親町天皇拝領
長光重美・個人蔵乾6?銘「長光」 久世長光
久世長光「くセなかみつ」
長光重美・個人蔵乾15?→買戻し条件付にて日本銀行に売却
竹俣兼光「たけ又」鉄砲兼光
三日月兼光乾46「三か月」
波泳ぎ兼光重美→立花家
備前長船元重重文・上杉神社無銘。伝長船元重。山内家以来
備前長船倫光重文・上杉神社伝長船倫光。山内家以来
遠近「とをちか」
はばき来「はばきらい」
国俊重美乾2足利義輝拝領。谷切か?
唐柏国信重美・個人蔵乾47長谷部国信
小長谷部「小はせべ」
備前国宗重美乾5?「座敷床の間」
伝国宗重美・林原美術館乾33黒漆塗糸巻太刀備前三郎国宗
戒杖刀重美・上杉家乾18謙信公御手沢、天文22高野山登山の節、使用。国宗
典厩割国宗京都井伊美術館所蔵佐竹義重
夢切国宗佐竹義重
大垣正宗個人蔵坤6秀忠拝領
秋広「あきひろ」
足利重代「あしかゝ十代」
塩留めの太刀重文・東博乾27日本三腰「弘□の太刀」 ※台帳「来国行
手掻包行
雲生重美・個人蔵乾49「うんしやう」
般若太刀重文・個人蔵乾23毎月十六日大般若経会の般若の太刀。備中青江守次
守家乾40「もりいへ」
徳用守家御物徳川家康より
桐紋糸巻太刀重文(拵)・東博乾79?黄金造太刀
麻呂の太刀上杉管領家拝領。天国作。菊御作とも
謙信景光国宝・歴史と民俗の博物館乾12「謙信公差料」「乾11号一文字と御揃」
九郎二郎広光個人蔵乾45永禄4古河公方拝領「延文五年八月日」
火車切広光重美・個人蔵乾52「相模国住人廣光/康安二年十月日」
行平重美・個人蔵乾13謙信公差料・景勝公差料
三本寺吉光重文(拵)・個人蔵乾73秀吉拝領
五虎退吉光重美・上杉家乾51永禄2正親町天皇拝領
弾正左文字特重・法人蔵景勝愛蔵
瓜実安則上杉家乾32
瓜実の剣上杉神社乾64後奈良天皇拝領。豊後瓜実
三鈷柄剣宮坂考古館乾21→岩室寺進上
禡祭剣重文・上杉神社七星の剣
太刀真光重美・重文乾10「備前長船住人眞光」
太刀新藤五国光乾14→買戻し条件付にて日本銀行に売却
打刀相州行光乾16御代々御家督の節御承伝
薙刀直し太刀光忠重美乾17治憲公御差料(仁科越中刀)
寸延短刀守次重美・重文乾19備中国守次作/延文二年八月日
短刀越中則重乾20
打刀無銘一文字重美・重文乾22茂憲公之を補せらる
打刀無銘志津兼氏乾24斉憲公御益封の節
穿鑿郷乾25御重代、茂憲公、御拵の上、御差料
打刀近景乾26備州長船住近景
打刀無銘相州貞宗重美・重文乾28
太刀兼光乾29備州長船兼光五寸上/文和元年八月日
太刀来国光乾30慶長15秀忠御成の際に拝領か
短刀来国次乾31将軍家より御受領
短刀郷義弘乾65脇指拵、五寸三分
太刀兼光乾67「備前国長船住享禄二年乙丑兼光作/永禄七年甲子年正月十一日藤原輝虎三寸上」
太刀乾74「藤原輝虎三寸上之」
2164925(7)


太刀・刀  

山鳥毛(さんちょうもう)  

太刀
無銘 一文字(号 山鳥毛
長71.2cm、反り2.7cm
国宝
個人蔵(岡山県立博物館寄託)

姫鶴一文字(ひめつるいちもんじ)  

太刀
銘 一(号 姫鶴一文字
附 黒漆合口打刀拵
2尺3寸6分、刀長約71.5cm
重要文化財
米沢市上杉博物館蔵

竹俣兼光(たけのまたかねみつ)  

太刀
備前長船兼光の作
銘「備前長船兼光 延文五年六月日」
名物 竹俣兼光

典厩割(てんきゅうわり)  


国宗
名物 典厩割

高木長光(たかぎながみつ)  

太刀
高木長光
刃長 77.6cm(二尺五寸六分)、反り3.3cm(一寸一分)、元幅3.2cm
重要文化財
個人蔵

高瀬長光(たかせながみつ)  


銘 長船 長光 文永十一年十月廿五日
刃長二尺四寸三分、反り九分強
重要美術品
米沢市上杉博物館所蔵

  • 景勝所用
  • 左近将監長光の作。二代長光は「日光左近将監」ともいう。
  • 古い黒鞘の打刀拵えがあり、鞘の鯉口に「日光」と墨書される。
  • 享保名物帳所載の「日光長光」ともされる。
  • 昭和12年重要美術品指定。

    太刀 銘文永十一年長船長光ノ銘アリ 打刀拵 伯爵上杉憲章

    「長船 長光」という銘は他の長光作には見られない。正真かを疑う指摘がなされている。

重美長光  


長光
目釘孔1個
重要美術品
個人蔵

  • 景勝所用
  • 黒漆塗打刀拵(高瀬長光と似た造り)
  • 左右に龍を配した赤銅魚々子地金色絵の鍔

徳用守家(とくようもりいえ)  


二尺四寸二分四厘
号 とくよう

三日月兼光(みかづきかねみつ)  

太刀
銘 備州長船兼光/延文五年六月日
号 三日月兼光
個人蔵

小反り兼光(こそりかねみつ)  


銘 備前国長船住享禄二年己午年兼光作 永禄七年甲子年正月十一日
藤原輝虎三寸上之
二尺四寸四分

  • 三十五腰の一つ
  • 享禄2年(1529年)に作った太刀を、永禄7年(1564年)に謙信が磨上させたもの。”小反り”とは長船派の流派名。

水神切兼光(すいじんぎりかねみつ)  


銘 備州長船住兼光/康永二年十一月日
水神切兼光
二尺

谷切り(たにきり)  

  • 小豆兼光、竹股兼光とともに謙信の三腰の一つ、または波平行安を加えて四腰の一という。

弘□の太刀  

太刀
銘 弘□
刃長82.7cm、反り3.6cm
重要文化財
東京国立博物館所蔵

  • 塩留めの太刀」として高名なもの。
  • 鎬造り、庵棟、腰反り高く踏ん張りがある。中峰猪首峰。鋩子表裏わずかに乱れ込み、先小丸。表裏に棒樋を掻き流す。生ぶ中心、先栗尻。目釘孔1個。
  • 武田信玄が塩止めされた時に上杉謙信が塩を送ったという逸話のもの。
  • ただし、上杉家の刀剣台帳には信玄の父武田信虎より贈進となっている。日本三腰の一、景勝三十五腰の一。

    国行 太刀銘ニテ弘ノ一字アリ 刃長二尺七寸三分
    武田信虎ヨリ贈進(上杉家御腰物元帳

則包(のりかね)  

則包作
個人蔵

  • 景勝所用
  • 目釘孔2個
  • 黒漆塗打刀拵、大根をあしらった鍔

重美菊一文字  

銘 一
重要美術品
東京国立博物館所蔵

  • 景勝所用
  • 鎺に菊紋
  • 目釘孔2個
  • 黒漆塗打刀拵。鍔は御紋与四郎作

謙信助宗  

太刀
銘 助宗(号 謙信助宗
附 革柄革包太刀
刃長二尺五寸五分(77.2cm)
重要文化財
松岬神社所蔵(上杉神社管理)

重美無銘一文字  

無銘一文字
重要美術品
個人蔵

  • 景勝所用
  • 大磨上無銘、目釘孔2個
  • 鎺上貝は五三桐透かし

三本寺吉光(さんぼんじよしみつ)  

黒漆塗合口腰刀
中身 吉光
刃長一尺九寸

夢切り国宗(ゆめきりくにむね)  

太刀
無銘 伝備前三郎国宗
夢切り国宗
磨上 刃長二尺三寸三厘

戒杖刀(かいじょうとう)  

銘 国宗
重要美術品
上杉家蔵(上杉神社保管)

  • 杖に仕込んだ刀(仕込杖)
  • 目釘孔3個
  • 謙信所用

麻呂の太刀(まろのたち)  


伝天国作

  • 後鳥羽院御作とも、大和天国作ともいう。
  • 関東管領上杉家相伝
  • 天文22年(1552年)正月、上杉憲政が管領職を長尾景虎に譲った際、朝廷より拝領の錦の御旗、管領補任の綸旨、上杉家系図とともに、この太刀を贈った。

    景虎ヲタヨリテ、上州ヨリ越州ヘ赴ク、彼景虎カ父為景ハ、故管領顕定ヲ討テ敵タリ、然トモ為景没スル上遺恨ナシトテ、勘氣ヲ赦免シ、剰ヘ憲政カ養子トシテ、上杉トナシ、重代ノ太刀系圖ヲ渡シ、憲政ハ上野一國ヲ領スヘシ、其外ハ景虎支配ト約シテ、暫ク越後ニ逗留ス

    憲政モ公(謙信)ノ御志ヲ感シ、彌家督ヲ與奪セラル、上杉ノ系圖、京都將軍數代ノ御教書、並ニ重代天國ノ太刀行平ノ脇差ヲ譲ラル

    憲政家運ノ傾ケル事ヲ述テ、永享ノ亂ニ朝廷ヨリ下シ賜フ處ノ、錦ノ御旗、關東管領職補任ノ綸旨、及ビ大織冠鎌足以來ノ系圖、御所作リ麻呂ノ太刀、竹ニ雲雀ニ幕マテヲ、景虎ヘ附属有テ、上杉ノ名氏ニ一字ヲ副テ譲ラレシカハ、

大垣正宗(おおがきまさむね)  


無銘 正宗
名物 大かき正宗
2尺1寸1分(63.9cm)
個人蔵

  • 景勝の子、上杉定勝が元服した際に、秀忠より拝領したもの。
  • 詳細は「大垣正宗」の項参照
  • 上杉家では「大柹」と柿の正字で記し、「大栰正宗」(おおいかだまさむね)、「太栰正宗」(ふかいかだまさむね)と誤記されていることがある。

詮索郷(せんさくごう)  

  • 米沢藩上杉家蔵刀。
  • 刃長二尺三寸。
  • 表に腰樋。無銘で郷義弘の極め。
  • 徳川幕府から、その所在について詮索してきたことがあるため、詮索郷という異名がついた。
  • 上杉家の最後の藩主茂憲が差料にした。

雲生  

  • 雲生作
  • 鍔付きの黒漆塗打刀拵が附く
  • 重要美術品
  • 謙信所用
  • 個人蔵

般若の太刀  

太刀
銘 守次
刃長二尺八寸九分(87.6cm)
附 黒革包糸巻太刀
重要文化財
個人蔵

行平(秋草文黒漆太刀拵)  

黒漆塗秋草文太刀
総長122cm、柄長31cm、鞘長91.5cm
重要文化財
中身 太刀 銘 豊前国行平
刃長76.6cm、反り3.6cm、元幅2.8cm
佐野美術館蔵

  • 重文指定は外装の黒漆塗秋草文太刀拵に対して。
  • 中身が豊前国行平作の太刀
  • 外装のうち鍔が欠けている。
  • 金物は赤銅造り、毛彫で秋草を彫る。
  • 柄は巻下に黒漆塗の鮫皮、金茶糸の菱の平巻。目貫も赤銅、金無垢の二重鵐目。柄の緑金具は銅地に赤銅着せ、黒漆塗の小切刃が付属する。
  • 鞘は薄革に黒漆塗立。大きな三日月が銀鈿で入る。
  • 刀身は生ぶ。「豊前国行平作」の六字銘。
  • 昭和28年(1953年)11月14日重要文化財指定。

    秋草文黒漆太刀〈中身銘豊後国行平作/)

短刀  

五虎退吉光(ごこたいよしみつ)  

短刀
吉光(号 五虎退)
刃長八寸二分(24.8cm)
重要美術品
上杉家蔵

弾正左文字(だんじょうさもじ)  

短刀
銘 左(号 弾正左文字)
刃長七寸九分
特別重要刀剣
株式会社ブレストシーブ所蔵

  • 冠落とし造り。小板目肌に柾目まじり。のたれに浅いぐの目まじり。鋩子尖る。
  • 目釘孔2個、「左」一字銘。
  • 上杉景勝愛蔵で、同家に伝来。明治24年に今村長賀が調査した刀剣台帳には見当たらない。

火車切広光(かしゃぎりひろみつ)  

脇差
銘 相模国住人広光/康安二年十月日
附 黒漆塗小サ刀拵
号 火車切
長38.5cm
重要美術品
個人蔵

九郎二郎広光  

短刀
銘 相模国住人廣光/延文五年八月日
長42.6cm、反り0.4cm
重要文化財
個人蔵

  • 九郎二郎広光
  • 謙信が古河公方より拝領したもの。
  • 平造り、三棟。表に梵字、素剣、瓜、裏は梵字、毛抜の彫物が入る。
  • なかご生ぶで先舟形。目釘孔2個
  • 黒漆塗合口腰刀拵が附く。
  • 昭和27年(1952年)7月19日重要文化財指定。

瓜実安則(うりざねやすのり)  

短刀
無銘(伝瓜実安則
九寸五分(28.8cm)
上杉家蔵

 

瓜実の剣(うりざねのけん)  

瓜実御剣
無銘
伝後奈良天皇拝領
六寸二分(18.6cm)
附 黒漆塗合口拵
上杉神社所蔵

  • 後奈良帝より拝領の剣
  • 詳細は「瓜実の剣」の項参照

三鈷柄剣(さんこづかけん)  

両刃剣
1尺3寸5分(41cm)
附 金銅装黒漆鞘
宮坂考古館所蔵(非公開)

  • 上杉家刀剣台帳「乾」0第21号所載
  • 元は奈良法隆寺にあったものと伝え、「岩室寺進上」と書かれており、同寺から献上されたものとされる。
  • 中央鎬部分に太い樋。樋の中に、表裏に20ずつの梵字が彫られている。
  • 明治24年(1891年)に今村長賀が拝見しており、「上杉神社の十二支の御剣同様、貴重なる物なり」と記す。

三鈷柄剣は他にもあり、奈良県長谷寺所蔵の三鈷柄剣は昭和63年(1988年)6月6日重要文化財指定。

禡祭剣(ばさいけん)  


刃長一尺三寸七分(41.5cm)
附 十二支蒔絵鞘
上杉謙信所持
重要文化財
上杉神社所蔵




上杉家伝来の文化財  

  • 米沢上杉家には、山内上杉家以来の武具宝物が多数伝わっており、中でも上杉謙信の愛刀である太刀( 無銘福岡一文字、号山鳥毛)、短刀(備州長船景光在銘、号謙信景光)は国宝に指定されたおり、「景勝御手選35腰」を筆頭に重要文化財指定、重要美術品認定の刀剣が多数ある。
  • 戦後米沢駐留の連合軍に接収され、行方不明となっている刀剣が多い。
  • 槍としては唯一重要文化財に指定されている、豊臣秀吉から拝領の城州埋忠作の槍20本(うち10本は戦後行方不明)も貴重なものとされる。

 

  • 太刀 無銘(号 山鳥毛)福岡一文字。一文字の最高傑作の評価がある。国宝。個人蔵。
  • 短刀 銘(表)備州長船住景光 (裏)元亨三年三月日(号 謙信景光)。国宝。埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵。
  • 大太刀 銘(表)備前国長船兼光(裏)延文二二年二月日 上杉家伝来の延文兼光3口のうちの一振り。重要文化財東京国立博物館蔵。のちアメリカより返還されたもの。
  • 大太刀 銘(表)備前国長船兼光(裏)延文三年二月日 二尺九寸四分。上杉家伝来の延文兼光3口のうちの1振り。重要文化財。法人蔵。
  • 大太刀 銘(表)備前国長船兼光(裏)延文二年八月日 三尺四寸三分。※延文兼光のうち、残りの1振り。連合軍により接収後、未だ行方不明。
  • 脇差 銘 (表)相模国住人広光(裏)延文五年八月日 黒漆合口拵え付。銀無垢ハバキに「被下古河樣」とあり、古河公方から拝領と伝わる、重要文化財。個人蔵。
  • 藤四郎吉光

    文禄三年十月二十八日景勝権中納言ニ任ス、(略)秀吉大小二刀(藤四郎吉光作)・屏風一雙(海北友松)(略)を賜フ、景勝太刀二刀守家国俊・(略)を献ス

長巻・槍  

  • 長巻 無銘 伝備前助包 黒漆長巻拵え付。山内家以来、福岡一文字助包と伝えられる。重要文化財上杉神社蔵。
  • 長巻 無銘 伝片山一文字 黒漆長巻拵え付 山内家以来、片山一文字と伝えられる。重要文化財上杉神社蔵。
  • 長巻 無銘 伝片山一文字 黒漆長巻拵え付 山内家以来、片山一文字と伝えられる。無銘片山一文字は2本伝わる。重要文化財上杉神社蔵。
  • 槍 銘 城州住埋忠作 文禄二年十二月日 黒漆赤銅金銀金具拵え付。豊臣秀吉から景勝が拝領した20本のうち10本(上杉神社蔵)は重要文化財。駐留した米兵が槍投げ遊びに使った為、一部損傷がある。他の10本(重要美術品)は戦後行方不明。
    「鑓十本ノ内 城州埋忠」。うち1本には「城州埋忠作、文禄二年十二月日」と入る。秀吉からではなく、石田三成が上杉景勝に対して関ヶ原前の盟約成立時に贈ったものともいう。
  • 五諚槍(ごじょうやり)
    • 鐔の付いた槍がごほんあったという。五挺槍
  • 小松明薙刀(こたいまつなぎなた)
    • 米沢上杉家伝来。備前長船近景作。謙信の時代、信州芋川城主芋川越前守が押し入った賊とこの薙刀で戦っている時切先から火が出たというので、小松明という。刀と打ち合って火花が出たという意味と思われる。
      • 信州海野家にも「小松明の槍」という重宝が会った。元亀ごろ海野棟綱が虚空蔵山に住む鬼神退治に赴く時、善光寺境内の年神堂八幡宮に神助を祈った。その時この槍を授かり難なく鬼神を退治したという。夜にもかかわらず穂先が松明のように光った。永正のころ埴科葛尾城主村上頼平戸の合戦に次男の矢沢頼綱が13歳で初陣するときに授けた。


国宝指定について  

  • 上杉家所蔵刀剣に国宝指定が少ないことについては、本間順治氏が次のように語っている。

    もうひとつ上杉家の刀に対する文部省の扱いについて、世間が、あるいは不審に思っていることがあるのではないかと思うのですが、それは上杉家にはあれほどに沢山の名刀があるにもかかわらず、戦前には国宝に指定されたものが一点もないということです。重要美術品だけがたくさんある。何本認定したかははっきり記憶しませんが、たぶん三十点前後の認定をしたように思います。
     上杉家の名刀にその当時なぜ国宝がないのかというと、上杉家が国宝指定に反対だったのです。ただし上杉家といっても上杉家のご当主のご意見ではなかったのですよ。ご当主の相談役に相談会という非常に厳然たる存在があってそこの反対があったのです。(略)
     それで文部省側の国宝に指定したいという申し入れについて、相談会にかけたんでしょう。そのメンバーの中でも主として黒井悌次郎大将の意見だと私は思うのですが、というのは、その後黒井さんと会っていろいろ話し合った感じからそう思うのです。上杉家としてはお断りをする、というわけは、国宝保存法という法律は悪法だと黒井さんはいうんです。君あれは悪法だ、非常に社会主義的の匂いのする法律だ、こういう法律の適用は受けたくないというのが黒井大将の意見でしたよ。(略)
     昔のあの国宝保存法だと、国宝の所有者には、いろいろと義務があるのです。たとえば指定されたものは公開の義務がある。それから国宝をかりに毀損した場合には、所有者といえども処罰されるのです。所有者はいろいろ責任をもたなきゃならない面が多いにかかわらず、その所有者が得をするというか、特典を受ける面がなにもない。こういう法律はよくないというのが黒井大将の意見でした。だから断られちゃったのです。(略)
     そしてその後、重要美術品の法律ができたのです。それにはいまいったような義務はなにもないんだ。だから私は黒井さんのところへ行って、今度こういう法律ができたのですが、これの適用ならばどうですかという話をしましたら、素直に、それならよろしいと、いうわけなのです。そこで上杉家のもので、よいものは一括して全部重要美術品に認定したものです。だから国宝なしに沢山重要美術品になった次第ですよ。
    (薫山刀話)

    数少ない指定品では、「謙信景光」は戦後のいわゆる新法(文化財保護法)での指定であり、「山鳥毛」についてもまず昭和12年(1937年)に重要美術品指定があり、その3年後に旧国宝指定を受けている。





参考  

関連項目  

武田家の刀 / 上杉家御手選三十五腰